ルユハヴ?〜なんとかならない人生〜

先輩は煙草を飲みながら僕に言った。 『何とかならない事なんて、いままでにあったか?』 いや先輩!僕今無職になってますけど?!

【読書メモ】聖なる怠け者の冒険 読了

 

前々から読みたかった、
森見登美彦先生の『聖なる怠け者の冒険』を読み終えた。
全339ページ、所要4時間半くらいだったか。

 

ゆるい世界観と浮かび上がる京都の街並み

 

森見さんワールド全開の内容、文体に『これこれ!』となった(笑)
相変わらず京都に行きたくなるような、魅力的な描写が多い。
京都の街並みが分かるだけに、懐かしさもひとしおだ。
登場する人物のゆるさ、滑稽さ、そして女の子の描写の可愛さに
目尻が垂れてしまう。

 

トーリーの中には、
底抜けに怠ける主人公と、
休日を充実させることに専念する専念する先輩カップルと
冒険を求める週末探偵の玉川さんと
自分が求めた使命の重圧に縛られた、悲しいヒーローぽんぽこ仮面が出て来る。

 

 

それぞれの背負う宿命

 

ぽんぽこ仮面の背負う使命と、

内なる怠け者の声との葛藤。自分と重なった。

 

ぼくも自分の命の儚さを知り、
そして『感謝されて生きたい!』という衝動に突き動かされて生きて来た男である。
だからこそ、分かる。部分もある。

 

兄の代わりに背負って来た、
長男の重圧から逃れたかったのかも知れない。
ふいに自分自身の人生を生きたくなった。
これは、クソ会社に右も左もわからぬまま飛び込み、流されて生きて来た弱い自分を見つけてしまったからでもある。
人生を再構築したくなったのだ。

 

 

重圧から解放された今

 

ぽんぽこ仮面は、最終的に解放された。
彼自身の新しい物語が、また始まる事だろう。

 

ぼくが抜けた跡も同様に

前の会社にせよ、家庭にせよ

心配しなくとも誰かがその跡を継いで必要最低限は回って行く。

そう、

何とかなってしまうものだけれど

 

何ともならない、自分の欲求
『停滞感の打破』だけは、
他の誰でもなくぼく自身が突き進めて行かなければならない。


家族と、友達に胸を張って生きれるように、今できる事をこなしてゆこう。

 

 

内なる怠け者と、適度に仲良くやりながら。

 

 

 

聖なる怠け者の冒険 (朝日文庫)

聖なる怠け者の冒険 (朝日文庫)

 

 

 

今更訊くけど。幸せな職業人人生って?

 

幸せな職業人人生ってどんなだと思います?

今更だけど、ふと思った。

 

嘘のようなホワイトに転職

 

ブラック企業を飛び出し、ぼくは今ホワイト企業に勤続している。

 

まだ新入りなので、17時退社だ。

ゆるい立ち仕事が終わったら即職場を出て、

スーパーで買い物をして

カップのアイスクリームを食べながら家に着き、軽く料理をして時計を見たら

 

まだ18時だった。

 

なんだこれは。

平和過ぎる、有りえないくらいに。

 

何がすごいって、

定時退社をしているのが新入りのぼくだけでなく、周り殆どの人もだということだ。

システムが完全に構築され、浸透している。

残業が月に30時間、土日休み。

室内作業28度のクーラー付き(暑い)。

 

天国かよ。

 

 

 

 

前の職場で、80時間をゆうに超える残業をしている時は、

こんな生活が待っているとは思ってもみなかった。

 

 

 

ゴミのような職業人生活

 

5時半に起き、

6時10分に家を出て

1時間半掛けて職業に向かい、

着くなり関わりのないトラブルについて、下請け業者さんから鬼のように文句を言われる。

ゴミクズみたいに段取りを狂わされ

クソのような上司にいいように言われ

嘘みたいなサービス残業・休日出勤に明け暮れて

バカみたいな安い給料で、

泣いちゃうくらいの辛い想いを抱えながら全力で駆け抜けていた。

帰ったら22時、23時。

飯食って酒食らって寝るのみ。

 

しかし、そんなぼくや、頑張る後輩を隠れ蓑に甘い汁だけを吸って、のほほんとほくそ笑んでいる輩がうじゃうじゃいた。

そう、

システムが腐り切っていたのだ。

 

そんな毎日の中で、納得出来る筈なんかなく。

当然、彼女や家族との幸せな未来など、見えるわけがなかった。

 

 

そんな毎日から、どうしても抜け出したくて努力を積んだ先に、仏のような縁が待っていようとは

あの頃のぼくには想像も出来なかったのだった。

 

 

幸せな職業人人生ってなんだ?

 

そんな幸せな縁を運んで来てくれた恩人が、過酷な部署で苦しんでいる。

かつての、『貧乏賃なし不健康地獄』を経験したぼくからしたら、

残業代は全て出るし、土日休みだし、嘘のような好条件で働いていると思う。

 

けれども、彼はそれでも納得出来ないらしい。

 

この勤務条件では、将来家庭を持った時、子供との時間を作ってやれないからだ、と言う。

 

幸せな人生、働き方ってなんだろう。

 

良い会社に就職し、優越感を得ることか。

たくさん給料を得ることか。

少ない残業で、家族と長く過ごすことか。

やり甲斐のある仕事に、全力で打ち込むことか。

 

人の数だけ、落とし所は違うだろう。

 

 

正直、ぼくは分からなくなってしまった。

 

少し前までは、

少ない残業ながらも、そこそこの給料を貰い、家族と楽しく出掛けたり

時間を活用して読書や資格取得をして、企業の中で存在感を広げてゆく事を目標としていた。

 

しかし、出世の先に結果忙殺が待っていて、前の職場のように成長が止まることだけは、有ってはならないと思う。

 

何に重きを置くかで、人生で取るべき選択肢が変わってくるのだ。

ぼくは努力するベクトルを見定める、下調べの段階に今居るのだと思う。

 

恩人は恩人の、幸せな職業人像があるのだ。

ぼくはそれを全力で応援したい。

彼が今回ぼくにしてくれたように。

 

 

ぼく自身は、

自己成長と家族を軸に、

 幸せな職業人像に近づいてゆけたらと思う。

今は観察と情報の取り入れに頑張ろう。

無駄だと思っていた経験が強みになっていた

気づいてしまった

 

ふとした拍子に、自分の強みに気づく事があると思う。

 

今日はそんな出来事に遭遇した。

 

 

 

前の仕事と違って、パソコンを全然使わない今の仕事。

たまに記録文書のアウトプットで使うのだが、如何せんぼくのパソコンにはプリンタのドライバが入ってなかった。

 

なので、先輩が気をきかせてインストールを手伝ってくれたのだけれど、ぼくがパソコンを操作するのを見るなり、

 

『えっ?学校で何かパソコンの授業とか受けてた?』

と尋ねられた。

 

特に学生時代に練習した覚えはないが、

なぜ尋ねられたかというと

どうやらタイピングとショートカット操作の速さが新鮮に映ったかららしい。

 

 

 

経験したことは生きている

 

前職での連日の深夜残業や、

頻繁な報告書作成を通して身に付けたぼくのパソコン操作能力は

この職場の常識的な速さを上回っているらしかった。

 

 

そうか、

あの辛かった、意味がなく感じていた日々達は無駄じゃなくて

ちゃんとぼくの血肉として生きているんだな

と気づかせて貰った。

 

 

 過去のぼくよ。

 

未来の君は、

君の今の頑張りのお陰様で強くなってるよ。

 

 

 恵まれた環境にいる不幸

 

ここの平和な人々は、恵まれているがゆえに残業する時間がすくない。

 

ひとり当たりの業務量が少ない。

 

だから、日付が変わってもパソコンと向き合うような、過負荷と縁がない。

 

効率に関する考えも違うので、

工夫する必要も少ないだろう。

 

矛盾しているけれど、

会社に護られている分、

強くなる機会を奪われている。

(過保護のカホコですね)

 

それに対し、

ぼくが不自由の中、

半ば強制的にこなしてきた前職の業務は、

その量は、

ぼくに成長をもたらしてくれていた。

 

『若いうちの苦労は買ってでもしろ』

 

っ金言の意味を身を以て実感し、

少し有り難く思えた今日だった。

 

 

遠回りしたからこそ持ってる

 

長い長い遠回りをして、やっと理想郷まで辿り着いた。

 

ぼくの長所は、確かにある。

あの日々達がそれを裏付けてくれる。

だから、ゼロスタートなんかじゃない。

 

今の経験もきっと、

行く行く強みに変わる。

 

 

そう思って、明日からも頑張ろう。

職場に若い女性がいるというだけで、身体が動かなくなるワケ

困っていること

 

職場の同じ場所に若い女性がいる。

 

転職したてのぼくにとっては、

これは新鮮な事だ。

 

 

ぼくは中学高校と、女性と関わる事のない学生時代を送っていた。

 

前に勤めていた職場でも、年上の女性とは問題なくコミュニケーションが取れていたものの、若い女性とは特に関わる事なくここまで来てしまった。

 

そう、

ぼくは集団生活の中で、歳の近い異性と

ロクに接点を持たずに

この歳まで来てしまったのである。

 

ゆえに、その若い女性の先輩から仕事を教わる今、ものすごい違和感を覚えている。

 

ぶっちゃけ

緊張してしまう。

 

その先輩が近くにいるだけで

気を遣って意識してしまうのである。

 

変な汗が出る。

余計に距離を置きたくなってしまう。

気が散ってミスをして、結果助けを借りなければならない状況になる。

そんな悪循環に陥っている。

 

 

なぜなのか

 

 

そんなぼくでも、

プライベートや酒の席ならば、歳の近い女性と親しく話す事もできてきた。

 

幸いな事に、こんなぼくでも交際してくれている女性だっている。

 

しかし、職場や集団の中ではてんでダメだ。

なぜなのか?

自分なりに考察してみた。

 

 

 

1.自分が新入りだから。

 

そう、ぼくは今の職場に入ったばかりのペーペーだ。

 

いわばピラミッドの最底辺である。

 

何から何まで教えて貰わないと出来ない、子供社会人なのだ。

 

一人称で出来る仕事が少ない今だからこそ、先輩に引け目を感じて緊張するのも無理はないだろう。

 

何かに似てるなーって思ったら、これあれだ。

部活の女先輩に感じてた苦手感と似ている。

 

そう、高校の時漫画研究部に所属していたのだが(言うの恥ずかしい)、その時の女部長に対しても同じような苦手と尊敬の混ざったような気持ちがあった。

 階級と、スキルの違いによる格下感だ。

 

これは仕事を覚えるにつれて、和らぐものと期待される。

 

 

2.初恋の女子に似てる。

 

ふたつ目は、

よく考えたら、先輩は中学の時に好きだった女子に似てる。

 

女っぽくないところ。

ちょっと自己評価が低そうなところ。

ユーモアがあるところ。

 

そういう、自分が好きだった人と重ねて、勝手に緊張を増幅させていたのかも。

 

しかし、今日職場にアリが出ただけでかなり取り乱している先輩を見て、初恋の人との相違点を見つけた。

 

初恋の人はゴキブリに平然と立ち向かえる(むしろ優しく捕まえて逃がしやれるような)強さを持っていた。

 

当たり前だけれど、先輩は初恋の人とは違うんだなと分かった。

この初恋の人 問題も、時間と共にどんどん解消されていくだろう。

 

 

3.そもそも女性にビビってる。

 

そう、1番の問題はこれだ。

ぼくは根っこの方で、異性に対してビビってしまっている。

 

どうしようもなく子供で、モテる筈のないオタクだったぼくは、

こんな自分とマトモに話してくれる女性なんていないと、今でも思ったままでいるのだ。

 

外側だけと経歴だけが歳を取ってしまったけれども、中の子供のぼくが恐れを抱えたままなのだろう。

 

その恐れは、プライベートや酒の席では誤魔化す事も出来るけれど

仕事を一から覚えていく段階の今になって、弱さが露呈しているのだ。

 

若い女性は怖い。

けれども、そんな怯えを持った自分に愛着を持ちつつ、

何とかこの環境にも慣れてゆこうと思うし

 

そのうち慣れてしまうのだろう。

そう思って頑張る。

 

(こんなしょうもない事を考えられる事自体、余裕があって恵まれている証拠だとおもう)

夢は叶ったのに

こんなもんかよ。

 

憧れてた日々、

ついに叶ってその日々を生きて居る。

 

 

 

なのに

 

 

 

やりたかった事もせず、

ただ日常に追われているフリが忙しい。

 

新入りなので、日々は直ぐ終わって

定時に退社する。

しかし、肥えた眼は

人間の見たくない部分を拾って

僕に新しい人間関係への侮りや

軽蔑を、果てに失望と孤独を連れて来る。

 

やめて欲しい。

人の感情まで読みたくないのに、

僕の中に

他人を勝手に詮索して分析して

決めつけて、馬鹿にする悪いヤツが居る。

 

引っ込んでいて欲しい。 

 

新しく手に入れた環境を、幸せに生きてゆくのが夢だったのに。

 

今は。新入りとしても

社会経験者としても中途半端な位置に居る。

あの頃の気持ちを燃やして、

また、人生を構築してゆきたい。

 

燃えるような魂を持つ人と、

出逢えないのなら

 

 

 

お前がなるべきなんじゃあないのか?

とあの頃の自分が呼びかけてくる。

 

今は聞こえないフリ

が忙しい。

 

 

手に入れた幸せを有難がれないならば

人間はワガママで

とてつもなく贅沢だ。

ファンになるということ

今日も飲み会だ、嫌に楽しい。

楽しい会に仕立てやがって。

 

ありがとう、送る側の人よ!

 

 

 

 

しかし、今日は久しぶりにもう少し飲みたい気持ちになった。

だから、昔

飲みたい気持ちになった時に行っていた、BARに寄った。

人見知りのぼくが、

酔っ払って特別さみしい時に行っていたBARだ。

 

 

マスターの前に

先客の女の子2人が座っていた。

ぼくはロングアイランドアイスティーという名のカクテルを頼む。

キツめの原液がカオスにカクテルされる為、ドギツイ酒ではあるが

爽やかで飲みやすく、

そしてBARのマスターの個性を知る指標ともなるお酒だ。

 

ロングアイランドはやはり緊張します』

とマスター は言う。

難しいカクテルなのだ。

しかし、出されたロングアイランドは美味しかった。

 

ぼくは、前の強気のマスターより、

今の弄られキャラのマスターの方が好きだ。

愛着がわく。

 

明らかに年下の女の子に

『お任せでお願いしますぅ』

って言われても、

味の好みや、今日の気分のヒアリングを欠かさない。

しっかり細やかに行う。

優しさが滲んでいる。

 

ぼくは、こんな真っ直ぐな人が

ずる出来ない人が本当に応援したくなる。

 

本当は1杯で帰るつもりが、

マスター特製のジンバックを頼んだりしちゃう。

1キロの生姜を、自分で擦ってお手製でジンジャーエール作ってるらしい。

手間ひま掛けて馬鹿じゃん、

愛着が湧く。

 

少し大げさ気味に、

 

『すごく美味しいです』

と褒めれば、女の子2人も反応する。

 

ここだ。

 

 

ぼくがサクラとなり、店の商品を褒め

彼女たちはそれをまんまと購入する。

店は潤うし、

彼女たちは美味しい商品に有り付ける。

ぼくは女の子と話せてドキっとする。

 

これがウィンウィンだろう。

ぼくは無賃の歯車だけれども

確かに

マスターと

女の子2人と

ぼくが

喜んだ。

 

こういうシンプルな仕組みを、

何故生み出せたか?

 

それはぼくがマスターの事を

人間的に好きになったからである。

ファンになったのだった。

 

 

マスターの優しさがぼくの心を動かし

ぼくに生まれた優しさが、

関わる人たちに

ちょっとしたご褒美を生む人生。

 

 

うん、悪くない。

 

これからも誰かと

 

主に若い女の子と関われたら

少しだけ幸せだなぁ・・・なんて

ダメだ脱線してる。

 

人を応援すると

ちょっとしたご褒美が貰えるかも知れない、という

ファンになった時の話でした。

何も持っていない人でも強く生きる方法

 

ぼくはこれまで、特技も能力も持ち合わせていない凡人以下で、そのまま努力もせず生きてきた。

あなたはどうだろうか?

違っている人は人生のメリットを享受しているだろうことと思う。

 

でも、こんな凡才以下でも生きて行かねばならない。

仕事と人間関係の中で問題の置き場所を探し続けなければならない。

その中で何を糧に生きていくか?

 

それは、今の環境に感謝して

自分が『何も持っていない人ではない』事を自覚する事から始まると思う。

 

どんなに苦しくても、

ここまでそこそこの仕事で

そこそこの人間関係で

そこそこ健康に

周りの人に支えられて生きてこれたこと。

自分の置かれた環境の

豊かな部分に触れて

改めて感謝すると

何だか勇気が湧いてくる。

 

大事なものに報いて生きたいと思える。

人生の方向性が、確実に良い方を向く。

 

自分をここまで連れてきてくれた人々に、恩返し出来る力を育てて行こう。